「ねえ、花の季節になったら……皆でお墓参りに行きましょうね……」
「ああ……そうだな」
 時雨殿の遺骨を墓へおさめる為、会津へ向かった朱鷺殿を見送った後……。
 仲間の会話を耳にしながら……俺は同じ想いを抱いていた、命を賭して剣を交えた男の言葉を胸の奥で思い出していた。
「青空は……どこまでも高く澄んでいなければならぬ……」
――理想はどこまでも高く、剣と心を賭して心から愛する人達を守る……――
――ああ、そうだな。時雨殿……――
 そして、明治11年から数年の時が流れ……。


〜永久の未来〜

満月様

 時は流れ、明治15年の春……。
 皆で、上野の花見に訪れてから一週間後、俺と薫、剣路の三人家族は会津の地を訪れていた。
「剣さん! お久しぶりですね。と言っても……一週間前にお会いしましたけれど……」
「恵さん……他人の夫に色仕掛けで迫るの、やめてください!」
「あ〜ら、人妻で母親になったから少しは成長して大人の女になったかと思ったけれど……。意外とそうでもないのね」
「それを、余計なお世話と言うんです!」
「まあまあ、薫……」
 頭に血が上っている妻の薫を宥める父である俺……緋村剣心と、口論(と呼ぶのかどうか……)をしている母と知り合いの女の人である恵殿(お姉さんと言うべきかもしれんが……)を呆然と見ている剣路に、恵殿が話しかける。
「剣路君もお母さんがこんな料理上手で、綺麗なお姉さんの方が良いな〜と思わない?」
 そう言う恵殿に、意外な剣路の言葉が返ってきた。
「ううん……僕いつも見てるけど、料理上手で優しい父さんと、少し男勝りだけど綺麗な母さんが同じくらいに大好きなんだ。比べられないよ……」
 そんな剣路の言葉に、心が温まる俺と薫。
「剣路……。父さんは嬉しいぞ。なあ、薫……」
「本当よね……。母さんも嬉しいわ。ねえ剣心……。少し男勝りは余計だけれど……」
 そんな俺達を、恵殿は呆れながらも暖かい笑顔で見ていた。
「本当に……あなた達家族は理想の家族だわ。剣さんも幸せ者ですね……」
「そうか……?」
「ええ。これからも、薫さんと剣路君を大切に守って行かなければなりませんよ」
「ああ。そうだな……」
「それにしても……。まったく、あの鳥頭ときたら……。今頃、どこをほっつき歩いているのかしら……あれだけ大層な手紙を寄こしてきたくせに……」
「ん? もしかして、恵殿は左之助の事が……」
 恵殿の言葉にふと反応し、質問をしようとした俺に慌てた言葉が返ってきた。
「あ〜! 今の診療所、患者さん達が立て込んでいるのだったわ! 大変!助手の方達を待たせているわけにも行かないし……。剣さん、お話出来て楽しかったです。薫ちゃん、剣路君もまた今度……」
「え、ええ……」
「うん! またね。恵おばちゃん!」
「こら! 剣路君。恵お姉ちゃんでしょ!」
 と言う言葉を忘れず剣路に話しかけ、恵殿は診察に戻っていった。
 夕暮れ時、俺達家族は恵殿が紹介してくれた泊まり宿へ歩を進めていた。
「それにしても……あの慌てふためいた恵さん初めて見た気がするわ……。顔も赤くなっていたし……」
「ああ、そうだな……」
 くすくすと笑い合う俺達夫婦に、剣路から純粋な質問が飛び出してきた。
「ねえ、父さん母さん」
「ん? どうした?」
「なあに? 剣路」
「恵お姉ちゃん、左之お兄ちゃんの事になるとお顔真っ赤になってたね〜。きっと、好きなんだね」
 その場の空気に、何とも言えない雰囲気が漂った。子供というのは、何とも恐ろしい存在だと思う。俺達大人では思っても口には出せないことを、いとも簡単に口に出してしまうのだから……。
「さ……さあ、どうなのかしらね〜」
「そ……そうだよな。それは、恵お姉ちゃんと左之お兄ちゃん達にしか分からない事だろうからな」
 そうとしか、答えようがない。真実の気持ちは、本当に恵殿と左之にしか分からないのだから……。
 薫と剣路が宿の部屋で、俺を挟み眠りに落ちた後……。俺はふと、今はどこを以前の俺のように旅をしているか分からない親友に心の中で話しかけた。
――こら……左之助。今は、どこで何をしている? 恵殿が同じことを言っていたぞ。恵殿は会津に帰ってからも別嬪だと評判なんだ。町の殿方が噂をしていたぞ。誰かにさらわれても知らないからな。俺は……。助けを求めても、助け船は出さないぞ。もう、お前も東京に流れ付いた頃の俺の歳に近づいてきている事だし……。自分で何とかするんだな……。きっかけは、お前次第だ。背中はいくらでも押してやるからな……――
 という想いを抱きつつ、俺も眠りについた。

 宿で一夜を明かした次の日……。
 俺達家族三人は、とある人が眠る墓を訪れていた。数年前に命がけで剣を交え闘った、時雨殿が眠っている墓を……。
「ここに、父さんの同士が眠っているの?」
 そう聞いてくる剣路に、
「ああ……そうだ。この人は……父さんと同じ想いを抱いていたんだ。とても大切な人達を、命を賭けて守っていかなければならぬと……。それに……」
「それに?」
 と剣路。
「青空は……どこまでも高く、澄んでいなければならぬ……という理想を掲げていたんだ」
「とても……高潔な人だったんだね」
「ああ……」
「そうよ、剣路。幕末の男の人達は、大切な者を守る為に命を賭けて闘っていたのよ……。父さんもそう……。新時代の為にね……。だから……新時代を十数年過ぎた今、私達は日々を幸せに、精一杯生きていかなければならないのよ……。剣路も、もう少し大きくなったら分かるわね。きっと……」
「薫……」
 春のような暖かい笑顔で、薫が俺を見つめてくれている。
――新時代を作ってくれて……ありがとう。剣心――
 薫が言ってくれている気がした……。
 そうだ……。
 俺には、大切な家族……薫と剣路がいる……。大切な家族を……。これからきっと増えるであろうこの瞳に映る人達も守って行くべきなのだ……。逆刃刀を手放し、木刀を携えている今になっても……。
「ねえ、それって……僕がお兄ちゃんになっても、お父さんが僕達を守ってくれるってことだよね?」
 剣路から、思わぬ質問が飛んできた。
「え……?」
 ようやく、事の意味を理解した俺と薫は思わず頬を染めてしまった。
「ねえねえ、僕良い子にして朝まで寝るから、弟か妹が欲しい!」
「そうだな……剣路が朝まで良い子でゆっくり寝ていてくれたら……父さんが母さんにお願いしてみるよ」
「本当だよね! 楽しみだなあ……。約束だよ! 父さん、母さん!」
 わくわくしながらはしゃぐ剣路に、
「ちょっと! この明るい時間にそんな約束しないで頂戴!」
 と、顔を真っ赤にして剣路を追いかける薫。
「男同士で約束したからなあ……。二人で神様にお願いしないと……。なあ、薫……」
 艶っぽく甘く微笑むと、薫は少女時代と変わらず顔を真っ赤にして押し黙ってしまう。そんな反応がいつまでも初々しく、可愛くてならない。
――大切な家族と仲間を、これからも守り続ける――
 そして時代はこれからも違って行くけれど……新たな未来へ続いてゆくことだろう。
 そう……永久の未来へと……。
 新たな誓いと共に、俺は墓前でかつて同じ想いを抱いていた同士に話しかけた。
「青空は……どこまでも高く澄んでいなければならぬ……。本当にそうだな。時雨殿……」
 この高潔な想いは、時代が流れても決して消えはしない……。
 かつて、命を賭けて剣を交えた、同じ想いを抱いた男のように……。

 会津から東京へ帰る船に乗った夜……。薫と剣路が船の客室で寝静まった頃、甲板へ出た俺は満天の星空を見上げた。
 ふと……そんな空の中一筋の流れ星が流れて行った。
 そんな折……心の中で願った。
 これからも平和で暖かなる、誰も涙を、血を流さずに済む笑顔溢れる未来よ……。永久なる未来へ続け……と……。
 星空へ願いを心の中でかけると、俺は愛しい家族である妻と愛息子の薫と剣路の眠る客室へと戻って行った。
 客室に戻り、薫と剣路の寝顔を見て……自然と顔が綻ぶのを感じる。
 明日も東京はきっと、良い天気になるに違いない……。そして、いつもの慌ただしく楽しい日常がまたきっと始まるだろう。そんな日常も、悪くないな……。
 そっと薫と剣路の眠る間に眠ろうと身体を滑り込ませる。
 すると……薫と剣路は二人で「う〜ん……」と寝言を言いながらも俺に抱き付いてきた。どんな夢を見ているのだろうな……。そう思った時……。
「剣心……」
「父さん……」
 二人で笑顔を浮かべつつ、俺の名前を呼んでくれた。
「夢の中でも、俺の事を想ってくれているんだな……」
――人を心から愛する――
 人それぞれ愛する形は違うけれど……これも心からの愛の形……。
 心が温まるのを感じた。
 全国を流離っていた頃は……人を愛する事も、愛される事もなく……。
 その感情すらも忘れかけていたからな……。
「俺も愛しているよ。薫、剣路……」
 俺に抱き付きながらも笑顔を浮かべて眠る二人を俺も抱きしめると、心地良い夢の中へ……眠りへと落ちて行った。

 今……明治を30年過ぎたが、まるで昨日の事の様に思い出す……。
 これは、俺にとっても決して忘れる事の出来ない心に刻み込まれた想い出の一つである。。