明治30年、春爛漫――。
 上野の桜が満開となったこの日、久しぶりに皆で集まり花見となる。
 京都から、操殿と蒼紫も子供を連れて来てくれた。
 十数年前にもこの様な事があったが、今となっては人の繋がりというものは良いものだ……。

〜守るべきもの〜

満月様

 時間は、少し遡る――。
 今日は、次女の心を披露する日……。剣路、菫、心路もだったが、心も大病を患うことなく健やかに成長している。今も……。
「操ちゃん達に手紙を書いたけれど……。来てくれるかしら……」
「あの操殿の事だ。剣路達の時みたいに、盛大に祝ってくれるさ……。蒼紫は苦笑していたがな……」
 蒼紫も、剣路達が生まれる度に操殿と共に花見も兼ねた披露に京都から来てくれていた。心の披露にも来てくれると言うことには、心からありがたみを感じずにはいられない。
 特に心路に至っては初めて兄となったので、心が生まれてからは早速兄ぶりを発揮していた。今から頼もしい限りだ。


 家族に、千鶴ちゃん、弥彦と燕殿が心弥を連れて宴会を始めた頃、操殿と蒼紫が現れた。
「緋村、薫さん! 今回も心ちゃんの披露に呼んでくれてありがとう!」
「こちらこそありがとう。操ちゃん」
「はは……。操殿も相変わらずだな」
「何よ! 相変わらずって!」
 そんなやりとりに、まわりから笑い声が起こった。
 蒼紫を見ると、やはり苦笑している。もはや見慣れてしまったという事か。
「うわ〜! 心ちゃんは緋村に似たのね! 剣路君は一目で分かったわ。菫ちゃんは薫さんに似たけれど……。あ、心路君もか……」
 という操殿の言葉に、
「あはは……」
 と笑ったのは心路。
「でも大丈夫、操おばさん。料理は母さんに似てないから」
「心路君……。君も、言う様になったわね……」
 薫を見ると、がっくりとうなだれていた。
「心路……。そこまで言わなくたって……。母さんだって……(しくしく)」
「まあまあ……」
 と笑顔で薫を宥めるのに時間がかかった。
 宴会が盛り上がり少し後……。今度は会津から恵殿が来てくれた。
「皆さん、お久しぶりです……。剣さんも、お元気そうで……」
「恵殿、来てくれてありがとう」
「お身体の調子はいかがですか……?」
「ああ……順調だよ」
 とはいうものの、加齢に伴い、身体の調子が良くない事は確かだ。三十路の頃に比べると、明らかにそれが明白となっていた。
 だが、新たな家族が増え、守るべき者が増えた今……。自分の事も大切にしなければという想いが強く湧き上がっているのを感じる。
 そう思える自分にも、驚きを隠せない。全国を流離っていた頃には、考えもつかないことだった。


「剣と心を賭して、この人生を完遂する……」
 左頬の十字傷は、このまま俺が人生を終えるまで決して消える事はない。だが……。
 薫がいる……。
 剣路がいる……。
 菫がいる……。
 心路がいる……。
 心がいる……。
 そして遠方から来てくれたかけがえのない仲間がいる……。
 俺は、この瞳に映る守るべき人々を自分の出来る範囲で守りたい……。
 そう心から思った。


「そういえば左之助から手紙が届いていたんだよ。俺んちに……。あいつ、相変わらず人を驚かすことが好きだよな」
 そう言ったのは弥彦。
「え? あいつ、何て言っていたの?」
 身を乗り出して聞いたのは、薫と操殿。
「えーとな……。皆、元気か? まあ、聞くだけ野暮だよな。俺の世界を流離う旅もようやく終着となった。近々、神谷道場やおまえんちにも寄るからよろしくな。だとよ」
 左之助らしいな……。そう笑みが漏れた時、
「お〜! 宴会に間に合ったか! お前達、久しぶりだなあ!」
 長い年月をかけた旅をしたとは思えないほどの親しさで、左之助が現れた。
「まったく、どこをほっつき歩いていたのよ。馬鹿!」
「なんだと!」
 恵殿と左之助の口論が始まった。
 また始まったか……とあの頃も思っていたな……。
「お帰り。左之助……。遅かったな」
「ああ……。長いこと空けていて悪かったな。剣心……。今帰ったぞ」
「しけた話は無しだ! そういえば剣心。お前、四人の親父になったんだってなあ! やったじゃねえか! 俺と弥彦が応援した甲斐があったってもんよ!なあ弥彦」
「ああ!」
 笑い声が起こる。この温かみは、一生忘れはしない。
 そして……。人と人との繋がりを――。


 明治32年、春、神谷家――。
 神谷家道場の扉の屋根の上では些細な騒動が起きていた。見守る俺達長男夫婦と、菫がいた。
「うわ〜ん! 降りられないよ〜!」
「おい、心、何やってるんだ! 道場の扉の屋根によじ登って降りられなくなるなんて、女の子のする事じゃないだろ! 降りて来い!」
「そんなこと言ったって無理よ、剣路兄さん。心、もはや降りられない恐怖におびえているわよ。心路は赤べこだし。困ったわね……」
「そうだな。菫……。なあ、千鶴何とかならないか?」
「う〜ん……これはさすがに難しいわね。剣路君、義父様と義母様は戻らないの?」
「ああ、父さんと母さんはまだ買い出しの最中だよ。それにしても、小さい頃の俺と同じことをしやがって……」
「うわ〜、本当だな……。父さんから、剣路兄さんの過去は聞いていたけれど……」
 赤べこから帰って来た心路が、さりげに古傷を抉ることを言う。
 心路のやつ、口も達者になってきやがって……。そこは、父さんに似たんだな……。まあ、俺もそうなんだけれど……。
 そう思っている所へ、買い出しを終えた父さんと母さんが帰って来た。
「ただいま! あらまあ……。この子ったらまたやったのね。とんだじゃじゃ馬なんだから……」
「じゃじゃ馬に似たのは薫に似たんじゃないか……?」
「……なんですって?(にっこり)」
「はは、それも懐かしいことだよなあ……。心、そんな所で泣いていないで降りておいで……」
「あ〜! 父様だ! 父様、母様、おかえりなさい〜!」
「ただいま……」
「あ〜、真っ先に父さんに抱きついたな……。心は父さん大好きだからな……」
「本当にね……」
 家族全員で笑い合った。
 今日も、神谷家はささやかな幸せが続いて行く――。