永遠のひととき

by 夢見照様

 窓の外では日差しが傾き始め、夕闇がうっすらと漂い始めていた。暦の上ではすでに秋だというのに、なかなか涼しくなりそうにない。
 博士は学会で不在。イワンは夜の時間。研究所には、ジョーとフランソワーズの二人。
 そのフランソワーズは出掛けたまま、まだ戻ってこない。
 ジョーは軽い溜息をついて、キッチンへと向かい、冷蔵庫からアイスコーヒーを持ち出し、リビングのソファーに腰を落ち着けた。
 一息ついて、テーブルに置かれた手紙の束に目を通した。仲間達からの近況報告。
 皆、相変わらず元気にやっているようだ。口元に知らず笑みが浮かぶ。
 すると、急に部屋の中が暗くなって、読んでいた手紙に影が落ちた。顔を上げると、さっきまでの夕焼けが、見る見るうちに曇って来て……急に土砂降りの雨が降ってきた。
 ジョーは手紙をテーブルの上に置いて立ち上がると、窓辺へ寄って外を眺めた。見ると、大粒の雨が激しく地面を叩きつけている。
 ジョーは何気なく視線を上げると、一瞬驚いたように瞬きをした。
 視線の先で、大きな紙袋を抱えたフランソワーズが、この大粒の雨の中、濡れながら駆けて来る姿が見えた。
 車はどうしたんだろう? と思いながら、玄関へ直行していきなりドアを開いた。
「……び……びっくりした」
 すると、そこには大きな荷物を抱えて、目を丸くしたフランソワーズが佇んでいる。開いたドアの取っ手を握り締めたまま、ジョーは目の前のフランソワーズを見つめた。
「すごい、グッドタイミングね」
 そう言いながら、フランソワーズは笑う。
 一瞬、ジョーは例えようのない想いに戸惑った。
 今、自分の目の前にいるのはフランソワーズ。濡れて額に掛かっている前髪、穏やかな色を湛える瞳、そして自分の名前を呼ぶ唇……。
 じっと見つめ、動かないジョー。フランソワーズは、中へ入ろうと前に立ち塞がる形になっているジョーの横をすり抜けようとした。と、不意にジョーの腕が行く手を阻んでその動きを止める。
 フランソワーズはジョーを見上げ、何か問おうとした。そのタイミングを逃さず、ジョーはゆっくりと微かに開かれたフランソワーズの唇にキスを落とす。
 唇に触れ、唇を愛撫し、顎の角度を変えながら優しく何度も、雨に濡れたままのフランソワーズの唇にキスを繰り返した。
「ちょっ……ジョー……?!」
 ジョーのキスの嵐をかわしながら、フランソワーズは名前を呼んだ。
 ジョーはドアの取っ手を支えていた右手を、フランソワーズの腰へと移動して、ドアを閉めるのと同時に、その体を部屋の中に引き込みながら、自分の方へ引き寄せた。
「ねえ……私、雨で濡れてるから……」
 ジョーは、フランソワーズの唇が抗議の為に動くのさえ楽しみながら、キスを長く短く繰り返す。
 雨で濡れて弱くなっている紙袋は、フランソワーズが軽く身をよじった次の瞬間、その役目をついに放棄して、果物を床に解放した。
 フランソワーズは喉の奥でくぐもった悲鳴を上げる。けれど、その声はジョーの耳へは届かなかった。キスを止めるどころか、益々深くフランソワーズを求めた。そして、閉じた瞳の瞼に掛かる濡れた前髪を、ジョーの手が掻き揚げるのを感じて、ついにフランソワーズはジョーのキスに負けた。
 残りの買い物を床に落とすと、雨に濡れた両腕をゆっくりとジョーの肩へと重ねて回した。
 その仕草を合図のように、ジョーの右手がフランソワーズのブラウスの裾をたくし上げる。フランソワーズは、頬を併せてジョーのキスから逃れると、両腕に力を込めてその体を引き寄せて囁いた。
「……寒いわ……濡れてるから……」
 クーラーの冷気は、二人の熱気を冷ますかのように玄関にも漂っていた。
 ジョーはその手の動きを止めること無く、しなやかなフランソワーズの背中へ滑らせながら、その体中でフランソワーズを抱き寄せる。
「僕の部屋は、クーラーつけてないよ」
 フランソワーズはジョーの肩へ顔を埋めて、その襟元に唇を寄せた。フランソワーズのその仕草を答えと受け取って、ジョーはその濡れた体を抱えると、二階の自分の部屋へと足を進めた。
 フランソワーズの体を抱き上げるジョーの腕に触れながら、フランソワーズは玄関に散らかしっぱなしの買い物が少し気になった……と同時に、この前ジョーとこんなふうにキスを交わしたのはいつだったのかと……改めて素肌で触れ合いながら思った。
 フランソワーズは柔らかなベッドの上へ身を任せながら、絶え間ないジョーのキスを受け目を閉じると、ジョーの手が肩を……胸を……を……腰を……包み込むように滑っていく。
 フランソワーズは、ジョーのことを考える。触れながら、触れられながら……そして、ジョーのことを……感じる。
 その温もりに包まれ、濡れた体が温まるのを感じながら、フランソワーズはゆっくりと考えることを止めた。

 目が覚めると、既に外は暗くなっている。雨の音も聞こえない。
 ジョーは、腕の中で眠っているフランソワーズのその肩に、そっと唇を寄せる。改めて両腕で目の前のその体をそっと抱き締めると、フランソワーズは少し身じろぎして、うっすらと瞳を開いた。そして、腕を伸ばしてジョーを捕まえ、肩越しに引き寄せてキスをする。
 長いキスの後、再び枕に顔を寄せると、フランソワーズは柔らかく微笑んで、瞳を閉じた。その表情を見つめながら、ジョーは自分の口元も微笑みの形に変化していくのが感じられる。
 永遠なんてないかもしれないが、こんな時間が続けばいいと思う。十年後、二十年後……ずっと……。
 お互いがそう信じれば、きっと叶えることが出来るはず。
 ジョーは瞳を閉じて、背中からフランソワーズの全部を抱き締め、顔をその髪に埋めた。