立て続けに大きなくしゃみが出た。
「……最悪」
あまり認めたくないないが、どうやら風邪をひいてしまったらしいと、フランソワーズは手探りにタオルケットを引きずり上げようとした。
「何してるんだい?」
フランソワーズの動きに、一つベッドの上で寝ていたジョーが起きたらしく声を出した。
「起こしちゃった? ごめんなさい。少し……寒くて……」
「寒い?」
戸惑いがちに選んだ言葉を案の定捕らえられて、フランソワーズはゴソゴソとタオルケットを引き上げると、早々に寝てしまおうとした。
「きゃ!」
だが、ジョーが手を額に押さえ付けるように覆い被さってきて、驚いてしまった。
じっと見上げると、ジョーが真剣な表情をしているのが見えた。
「フランソワーズ……熱があるよ」
やっぱり、とフランソワーズは溜息をついた。そうでなければいいなと思っていたのに……。
「……そう」
「フランソワーズ!」
どうやら、投げやりに聞こえてしまったらしく、ジョーはフランソワーズの頭までタオルケットを被せてしまった。
「……ジョ……!」
力一杯押さえられて、苦しくなったらしいフランソワーズが抗議の声を上げるが、ジョーはタオルケットごとフランソワーズを抱き締める。
「少し大人しくして。君は病人なんだから」
自分を心配してくれるものを感じて、フランソワーズは大人しくなった。しかし、続いたジョーの言葉がいけなかった。
「どうも昨夜妙に熱いと思ったら、熱があったんだね。ちゃんと言わなきゃ」
「馬鹿!」
渾身の力を込めて、フランソワーズはジョーを自分の身体の上から押し退けて起き上がった。
「私は、散々嫌だって言ったじゃない! それを全然聞いてくれなかったのは誰よ!」
「君が、いつも嫌だとしか言わないのが悪いんだよ」
ぼそりとジョーが呟いた言葉に、フランソワーズは熱が一挙に上がるのを感じてしまった。
フランソワーズは、再び倒れ込むように横になった。
「寝るわ」
これ以上何も言う気が無くなって、フランソワーズは脱力したまま呟いた。少しは心配してくれるのかと思ったら、とんでもないことを言って……。
ブツブツと口の中で文句を言うフランソワーズの上にフワリとローブが掛けられた。
「?」
「風邪の時は汗をかいた方がいいんだよ。そのままより何か着た方がいい」
そのままとは、つまり何も着ていないということ。
一瞬、頬を朱に染めたフランソワーズだったが、ジョーの真剣な顔に微笑んでしまった。
「……ありがとう」
フランソワーズは白いローブに包まるようにして眠りについた。
傍らの温もりが嬉しかった。
既に陽が高く上っている。
フランソワーズはローブが汗だくになっている気持ち悪さに目を覚ました。着替えようと起き上がると、ジョーが部屋へ入ってきた。
「目が覚めた?」
「ジョー」
「まだ熱があるんじゃないのかい?」
見上げるフランソワーズの蒼い瞳が潤んでいるのを見て、ジョーは眉を潜めた。
ジョーの手が額に当てられる。フランソワーズは瞳を閉じてそれを受け入れた。手の冷たさが心地良い。
「……熱いね。着替えた方がいいよ」
ジョーは微かに苦笑して、フランソワーズに着替えを渡した。
「何か食べられそう?」
「……ええ」
「今、持ってくるから」
「え?」
「待ってて」
怪訝そうな顔をしたフランソワーズが、着替えもせずにぼうっとしている間にジョーはトレイを持ってきた。
「こら、着替えなきゃ駄目じゃないか」
ジョーが文句を言うのを全然聞かずに、フランソワーズはトレイの上をジッと見ていた。
「何?」
「……これ、ジョーが?」
「……他に誰がいるって言うんだよ」
ジョーをジッと見上げていたフランソワーズは、あまりにそぐわない言葉を頭の中で何度も反芻した。そして、やっとジョーがこのリゾットを作ったのだと理解した。
「……ジョー……」
「いいね。着替えて、食べたら薬飲んで、もう少し寝た方がいい」
フランソワーズはゆっくりと着替え始めた。身体を拭くように持ってきてあったタオルに苦笑する。
口にしたリゾットは、思ったよりもずっと美味しかった。小さな器に盛られたリゾットを食べてしまうと、フランソワーズは横になった。
「フランソワーズ、薬」
言われて、フランソワーズはタオルケットを口元まで上げる。
薬はどうも苦手だ。あまり飲みたくない。しかし……。
ジョーはものも言わずにタオルケットを剥ぎ取り、薬をフランソワーズの口に放り込む。そして、水を口に含むと、そのままフランソワーズに口移しで流し込む。
そして、しばしの口付け……。
「……うつるわよ」
「風邪は人にうつした方が早く治るよ」
フランソワーズが小さく笑う。
「何?」
「今日はやけに優しいなと思って……嬉しくて……」
「……馬鹿……」
照れたようにソッポを向くジョー。
本当に珍しい、と思いながらフランソワーズは、睡魔に落ちていった。